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サンパウロ旅行情報

サン・パウロの人口は約1,180万人、ブラジル、南米、南半球で最も人口が多い大都市です。リオ・デ・ジャネイロの西330km、標高約800mの高原に位置します。周辺の市町村を含めたサン・パウロ大都市圏を含めると約2,000万人が集中し、ブラジルの経済・文化の中心地となっています。域内総生産(GRP、Gross Regional Product)は世界第11位で、名古屋(18位)、福岡-北九州(51位)よりも上位です。
1908年に最初の日本人移民がブラジルに入植し、その後、13万人の日本人がブラジルに移住しました。現在ではブラジルに約150万人の日系人がいると言われており、その約7割、約100万人がサン・パウロに住んでいます。世界最大の日系人コミュニティーです。また、サン・パウロには多くの日本企業が進出しており、東洋人街とも呼ばれる「リベルダージ」地区もあり、日本とのつながりが非常に大きい地です。

サンパウロへの行き方

サン・パウロには、3つの主要空港があります。国際空港としては、サン・パウロ市近郊の、グアルーリョス市にあるグアルーリョス国際空港(クンビッカ空港=Aeroporto de Cumbica)。サン・パウロ中心部まで約25kmと離れています。国内線用のコンゴーニャス空港は、市の中心部から約8㎞と便利な場所にあります。最近ではヴィラコッポス空港(カンピーナス市)でも、格安航空のAZUL航空の便を中心に利用されています。ヴィラコッポス空港は、市の中心部から約100kmと少々不便な場所に位置しています。
グアルーリョス国際空港から:

市内までは所要約40分~1時間の距離です。市内は渋滞がひどく、稀に2時間程度かかることもあります。

コンゴーニャス空港から:

市内までは所要約20分~40分程度の距離です。市内は渋滞がひどく、稀に1時間程度かかることもあります。

天気

年間を通して温暖ですが、冬(6月~8月)の朝晩は冷え込みます。雨や曇りの日は1日中寒いこともあります。室内はエアコンが強くきいていることが多いため、上着を持ち歩くことをお勧めします。
雨季:11月~4月
乾季:5月~10月

治安

サン・パウロの治安はブラジルの中でも悪く、誘拐、強盗、銃器を使用した凶悪犯罪が多発しています。
危険な地区に立ち入らない、日が暮れたら歩いて外出しない、華美な服装をしない、周囲に常に目を配る、貴重品をこれみよがしに身に着けない、危険な地域(ファベーラ)に立ち入らない等の基本的な防犯対策で、ある程度リスクが下がるのも事実です。
在サンパウロ日本国領事館の「安全の手引き」も熟読し、犯罪被害にあわないよう十分な注意をお願いいたします。

http://www.anzen.mofa.go.jp/manual/sao_paulo.html

「100%犯罪にあいません」と断言することはできませんが、上記のような基本的な防犯対策や心がけで犯罪被害の大半は防ぐことが可能です。出発前2週間前までには緊急連絡先番号などの他、安全対策マニュアルもご送付差し上げますので、熟読くださいますようお願いいたします。

サン・パウロの代表的な行事

サンパウロのカーニバル

サンパウロのカーニバル

2月または3月  カーニバル (Carnaval)
世界的に有名なリオのカーニバルと同様、サン・パウロのサンバ学校(Escola de Samba)がその華麗さを競うショー形式のカーニバルです。経済の中心地でもあることから、年々スポンサーも増え、各チームの山車や衣装も豪華になってきています。

7月 日本祭り (Festival do Japão)
日本国外で行なわれる最大の日本イベントで、毎年7月にイミグランテス展示場 (Centro de Exposições Imigrantes)で開催されます。特に、県人会が中心となって各県の郷土料理を販売するブースは、毎年行列ができるほど大人気。ミスニッケイコンテストや生け花や書道など日本文化を紹介するイベントも人気があります。

12月31日 サン・シルベストリ国際レース(Corrida Internacional de São Silvestre)
毎年大晦日の日(サン・シルベストリの日)に行われるこのレースは、日本人にとっての箱根駅伝のようなものでしょうか。年末年始の楽しみのうちの一つで、レースの様子は生放送で全国放送されます。アップダウンの激しい15㎞の市内コースをブラジル人・外国人選手がタイムを競い合うだけでなく、様々な仮装をしたランナーが、沿道で応援する観客を沸かせます。

サンパウロ周辺地域の見どころ

リベルダージ

リベルダージ

サン・パウロ市中心地に隣接し、第二次世界大戦頃から形成され始めた、世界最大規模の日本人街。
年々減少していく日本人と、それに変わって、中国・韓国などからの多くの移民が転入して来たため、2004年には正式に「日本人街」から「東洋人街」へと改名されました。
それでも、いまだに日本人街の面影を感じることができ、日本人移民の開拓精神を目の当たりにすることができます。
リベルダージにあるブラジル日本移民資料館には、最初の移民船「笠戸丸」で日本人がブラジルに移住した1908年から現在までの日系人の歴史資料が展示されています。
入場料は6レアル、月曜日は休館日です。

サンパウロの政治・経済の中心地であるパウリスタ通りに位置する南米最大級の美術館。1947年に設立され、中世以降の各時代の西洋美術約1,000点を収蔵しています。北米や欧州以外の美術館でこれほどの質を持つ西洋美術のコレクションを持つ美術館は他になく、ゴッホやゴーギャン、ピカソなど、そうそうたる作品が収蔵されています。

1825年にボリビアが独立を勝ち取った際、その書類に署名を行った歴史的な建物。独立宣言と共に南アメリカの独立運動家シモン・ボリバルの名前に因んで ボリビアという国名にし、ボリビア初代大統領アントニオ・ホセ・デ・スクレの名前に因んで、スクレという都市名に変更されました。
市中心部から南東4kmに位置し、 1822年に皇太子のドン・ペドロ1世が独立を宣言した歴史的な地です。彼の遺体が地下に安置された「独立記念像」があり、ベルサイユ宮殿を模した庭園のある1895年開館の「パウリスタ博物館」が隣接しています。

1940年に設立され、現在は強豪コリンチャンスの本拠地パカエンブースタジアムにある博物館。ブラジル代表だけでなくワールドカップに関する展示も充実しており、サッカーファン必見です。サポーターの応援風景を大画面で再現したり、過去の試合のラジオ中継を放送したり、映像のゴールキーパーを相手にPK勝負ができたりと、体験コーナーも充実しています。

サン・パウロの中心、旧市街にあり、サン・パウロの「マルコ・ゼロ」すなわち、法域点があります。また、この広場には歴代のサン・パウロ司教が眠るカテドラル・メトロポリターナ(Catedral Metropolitana)があります。ステンドグラスの美しい、8,000人収容の大きな教会です。セー広場近辺はスリ等の軽犯罪が多いため、観光の際は十分に注意してください。また、セー広場から400m北にあるサン・ベント聖堂(Basílica de São Bento)はパイプオルガンが有名で、日曜日の朝10:30からのミサは、信者だけではなくグレゴリオ聖歌を聞きにきた観光客の姿も多く観られます。

世界的に有名な建築家オスカーニーマイヤによって設計された広大な公園です。中にはジョギングコース、池、美術館などの他、日本庭園もあります。日本庭園にある日本館の建材はすべて日本から輸入されました。緑あふれる、市民の憩いの公園です。